日本美術会の連続シンポジウム

美術は戦争をどう表現するか

主催 日本美術会・シンポジウム実行委員会
日本の自衛隊が多国籍軍に!憲法9条の危機が目前に!それらへの批判は言論でも芸術でも「非国民の行為」と非難されそうな今日、 芸術家は、美術家はなにを考え、なにをなすべきか。創造は、運動はどうあるべきかここで改めて振り返りたいと思います。

●第1回 イラク戦争と美術を考える
パネラー

増山麗奈 イラク現代作家展、「RENA NO WAR展」を日韓各地で

古澤 潤  日本美術会会員 ヨコスカ平和美術展の30年余

ワシオトシヒコ 美術評論家 「美術運動」にも9.11で寄稿

若山保夫 日本美術会会員 アウシュビッツを描き続ける

8月29日(日)午後2時~5時  資料代 各回700円 3回通し 1500円
平和と労働センター・全労連会館(JRお茶の水駅下車)

●第2回
ナチスドイツ支配下の中で対照的な二人の画家 ディックスとノルデ

講師 水沢 勉(神奈川近代美術館学芸員)
10月23日(土)2時~5時  一回目と同じ会場

● 第3回
現代の戦争とNO WARの 美術表現

''04 12月11日(土) 午後2時~5時 全国家電会館

アメリカ大統領選挙の結果を見ても、「ブッシュのペット!」の国際的な批判を受けながらイラク派兵を延長し、憲法改悪の準備を具体化するこの国の為政者た ちの姿を見ても、みなさんは事態の深刻さに眉をひそめていられることでしょう。日本では「9条の会」の拡がりもあるとは言え、まだ巨大な波が立ち上がって いるとは思えません。

美術家の想い、行動を紹介し合い、今後を語り合い、歴史上の教訓も知りつつこのシンポジウムは第1回、第2回を終えて最後の回を迎えます。現代の戦争と平 和について美術家の抱える問題と課題はどんなものなのか、5人の作家・評論家とともにみんなで語り合いましょう。

■ パネラー
井上 玲井上 玲 (美術家)

1998年武蔵野美術学園本科 版画科(専攻リトグラフ)卒業
銀座や新宿のギャラリーで個展多数 2004年参議院戦・米大統領選では「選挙に行こう!似顔絵キャンペーン」にて約350人以上の人に似顔絵を描き、毎 日・読売・東京・しんぶん赤旗・共同通信など新聞や雑誌各社にて紹介された。ニューヨーク大学では大学主催のイベントとして2日間似顔絵を描いた。アメリ カと日本の街頭で市民と直接平和について話し合った。戦争をコミニュケーションの破綻の結果と考え、繋がってゆくこと、連帯こそが戦争や虐殺と戦うことだ と考え、美術品を作品制作、発表を行っている。

大野 修大野 修 (自由美術協会会員)

それが如何に理不尽なものであろうとも日本の大多数は戦争を甘受してきた。その恐怖と痛みを充分に味わったはずだが、その記憶と教訓はどこにいったのだろ う。イラクの今を見るまでもなく硝煙の臭いは世界のいたる所にたちこめている。政府が戦争のために拠金している金は膨大なもので、派兵以前に手はすでに血に染まっている。私は今でもあの頃の怖い怖い夢をよく見る。絵の中にも幼いころの恐怖がトラウマとなってでてくる。殺されたり、殺したりはもうたくさんだ。

北野 輝北野 輝 (美術評論家・日本美術会会員)

「抵抗はなぜ壮大な反動につりあわないか」という辺見庸氏の「鬱懐」に私の心はなかば以上共感している。世界の声に反して、イラクではいぜんとして殺戮と破壊 が続けられており(ファルージャ総攻撃を見よ)、戦争犯罪人のブッシュは大統領に再選された。そして日本の小泉は…。
こうした現実を前に、美術は、美術家は、何ができるか、どんな力を発揮することができるのか。ともするとペシミスティックになる気持ちを奮い立たせて、美術の歴史と現在を見つめなおし、美術の可能性を再考してみたい。

村永 泰村永 泰 (日本美術会会員)

私の場合、自分が体験する出来事、人、物、感情、雰囲気に触発されて、えができる。心地よい、うれしい体験もあれば、いやな、かなしい、怒るべき体験もあ る。後者の方が多い今、そういう絵も生まれてこざるを得ない。描きたくて描くのではなく、そういう絵になってしまうという感じです。今、特に感じるのは、 利益至上主義によって、世界がゆがんで来ていることです。

首藤 教之首藤 教之 (日本美術会会員)

戦争、環境、人間性の崩壊の問題という大きな状況に対し、映像、文学など他ジャンルではできない美術の可能性を考えつつさまざまな試みをおこなってきまし た。言語を用いる芸術とは異なる鋭敏で微妙な感性の波動、その結果が人の心に少なくない影響を与えることができるならば…。「何をやっても既存のなにかに 似ている」という歴史上の地点にいるわれわれですが、美術の表現の新しい可能性はわれわれの内部にあると思いたいのです。

司会:稲井田勇二・結城あつみ 主催:日本美術会



2005年 第58回日本アンデパンダン展 催し物 連続シンポジウムの結びの企画として開催します。

TALK NOW 永井潔&北野輝

「現代の美術とリアリティ-  イラク戦争から考える」

''05 3/6(日) 13:30~16:00(13:00開場) 終了しました
東京都美術館講堂
永井潔
(画家・
日本美術会会員)
北野輝
(評論家・
日本美術会会員)
200人を超える聴衆でした

シンポジュ-ム「美術は戦争をどう表現するか」を引き継いでいきましょう

稲井田勇二(シンポジウム実行委員長)

昨年6月4日に第1回実行委員会を開いて12月までちょうど半年間、3回の連続シンポジュームを行い、それぞれの パネラーと参加者の反戦の熱い思いと美術表現の創意を確認しつつ終えました。

イラク戦争を契機にはじめた連続シンポジュームですが、この間にも強盗の論理で開き直るアメリカとそのみっともな いほど忠実な手下日本はアメリカの論理に最も対称的な日本の憲法をいよいよ変えようとしています。

私達はこのシンポジュームでもっともっと多くの人に語りかけること、つながりを広げること、その方法を創意工夫す ることをあらためて学びました。

若 い2人の女性作家増山麗奈さんと井上玲さんの方法はまさにそうで、増山さんの桃色ゲリラとして新宿の街頭からイラク、韓国、ベルリンでの個展やパフォーマ ンス活動、井上さんのアメリカ大統領選挙での似顔絵選挙キャンペーンは参加者に新たな気持ちと勇気を与えてくれました。第1回シンポジュームに2歳くらい のかわいい娘さんをつれて現れた増山さん。「ちょっと着替えてきます」といって現れた姿はピンクの水着と大きな花リボン、色っぽくかわいい。が「これ、私 達の戦闘服なんです」とそのまま壇上へ。40分に編集しなおしたというビデオを上映しながら明るく話す姿と中身には半端じゃない決意と実行力があって大き な感銘を受けました。

ワシオ・トシヒコさんは「横浜NOWAR展」の紹介と評論家がこれに参加した意味を語り、我が会の古 澤潤さんは横須賀平和展の独自な取り組み、発足当初の妨害や外国作家との交流などを生々しく話され、こうした運動が簡単にはいかないこと、しかしそれを乗 り越えていくことを考えさせてくれました。

若山保夫さんのアウシュビッツ連作をスライドで見ながら語る、自分の体験と表 現。少ない言葉の中にこもる大きく重いものがずっしりと伝わります。また鋭い切り口と緊張のなかに作家の魂の叫びを感じさせる大野修さんの作品や日常に否 応に入り込む現実をしずかに見据える村永泰さんの作品をスライドで見ながらタブロー作品の持つ「美術の力」を感じました。

会 外のさまざまな作家とグループ展などで積極的に交流している首藤教之さん。子供の頃福岡の町に撒かれた焼夷弾の情景が脳裏から離れず、その表現を模索する うちにインスタレーションの表現になったことや日の出の森をダイオキシンから守る運動の経験からさまざまな場でのさまざまな美術表現の必要と可能性を語り ました。

批評の北野輝さんは実作者でないせいか自分は現状に対してどうしても悲観的になりがちと心情を述べながらも、オ ノ・ヨ-コやキーファのスライドを上映し、映画「華氏911」を映画「誰も知らない」の是枝監督のような「芸術系」の人も支持している、私達もより広い希 望の連帯を作っていきたいと訴えました。

豊富なスライドでオットー・ディックスを浮かび上がらせた第2回の水沢勉氏、多様 な現代の美術表現を探り、熱いトークがあった第3回。いずれも近いうちに「美術運動」誌などに載ると思いますので詳しいことはそちらにゆずりますが、本当 に大きな意味と成果の合ったシンポジュームでした。

参加者は3回とも80人ほどでした。内容がよかっただけにもっと多くの人が来てくれたら、というのが正直な感想で す。

パネラーは日美会員が5名、会外から5人いずれの方も快く引き受けてくださいました。そして幅広い創作や活動を交 流し、新たな活力を得ました。同じ会に居てもその人の作品や考えを以外に知らないということも実感しました。

今 回のシンポジュームは初めから継続してやることが決まっていました。とりあえず3回終り、ささやかながら大きな一歩でありました。今アンデパンダン展で続 きの企画がありますが、それ以後も何らかの形で継続することを望みます。「美術と平和」部または委員会のような日常的な活動に日美はもっと力をいれる必要 があるのではという意見がまとめの実行委員会で出されました。最後に実行委員として企画・運営された皆さん、いろいろとご苦労様でした。

実行委員 香川久司 北野輝 鯨井洪 小池仁 十瀧歌喜 首藤教之 新美猛 松林良政 結城厚美 若山保夫 渡辺 柾子 稲井田勇二


美術は戦争をどう表現するか

小池 仁

このタイトルは、人類が美術という文化を築いて以来、権力の盛衰に伴う殺戮の歴史と深い関わりを思わせる。

三回にわたる、マラソンシムポから感じたことは、美術が人間社会の争いと無関係では居られなかったと言う事であ る。

人間が、美術としてそこに提示する表現は決して、キレイ事では済まされないのだ。と言う事なのである。

美術が、美しいもの、未来性のある表現を求める人間活動であることは言うまでも無いが、美の裏側に横たわる表現者 の心の葛藤、未来につながる過去に、何があったのかを知らなければ、美術の存在意義さえ疑われる。

ともあれ、三期を通じて、二、三心に留まった事柄を挙げてみよう。

一回目、増山の行動力、ワシオのリベラリズム、古沢の活動報告、特に若山の現場から報告は訥々とした語りが印象 的。

二 回目、作品の質はその中に込められた、作家の意図までを包み込んで評価されるべきである。その為には、作家、評論家のみでなく、多層の人々を含めた「ウネ リ」を起こすことが必要だ。と言うのは説得力があった。一、二、三回を通じ、作家、表現者は、行動するべき、行動者であるべき、と言うことが示唆されたこ とに大きな意味があったのではないか?

明確な結論が出るわけではないが、こうした活動や催しを堂続けていくか、外へ向かってどう発信して行くかが課題に なろう。


連続シンポに参加して

松林良政

第 二回シンポジウムでは、画家エミール・ノルデの生き方が印象的だった。色彩の魔術師と呼ばれ国民的に人気のあったノルデも戦争下、ナチスに絵画表現を奪わ れていた。丁度ノルデ展が開催中で、ナチスに見つかるのを恐れて描かれた水彩画(油彩では匂い等からばれる心配があったから)を見た後だったのでよけい興 味が深かった。

オットー・デックスもまた、弾圧を受ける画家の一人だが、風景画の中に秘められたナチス、ヒットラーへの風刺。そ の絵解きなど聞き入ってしまった。デックスの戦場を描き告発した版画が町田の美術館にあるというから、機会があったら観たいと思った。

また講師の水沢勉さんから紹介された小熊秀雄(詩人)の絵画と池袋モンパルナスの絵画展も、講演の翌日に観に行っ た人も多かった。

やはり戦争の影が画家の生き方に大きくのしかかってくる。日本の場合でも例外ではなかった。

美術史の中で戦争に対して画家がどう立ち向かっていったのか。シンポは終わったが興味は尽きなかった。

現実にもイラク戦争、自衛隊派遣、平和憲法への攻撃など戦争の影がしのびよっているのだから・・・。