アルゼンチン便り NO.11 (海外の会員からの通信)

アルゼンチンで出会った彫刻家 井上 麦氏

ブエノスアイレスに「日本庭園」があり、桜、竹、椿、松などの木々の緑にかこまれ、池には大きな鯉が 泳ぎ、赤い橋が架かり、一年中鯉幟がはためき、鐘楼もあり、外国から多くの観光客が訪れます。勿論入場料が必要です。

中にあるレストランではお箸の持ち方もおぼつかない様子ですが、日本食を楽しんでいる観光客を見かけ ます。メニューには親子どんぶり、焼き飯、うどんカレーライスなど、皆が好きな寿司もあります。

日本の文化紹介のイベントもたびたび催され、アルゼンチンの人たちにも静かな、落ち着く場所だと好ま れています。

春桜の花が咲くころや日曜、土曜日は多くの人が散策し、池の鯉にえさをあげたり、写真を撮って記念に 持ち帰っています。

この日本庭園で1月28日(土曜日)彫刻家井上氏の作品の序幕式があるからと誘われて行きました。体 感温度37℃とTVの表示に出ていた暑い日で、黙っていても汗が流れました。池のそばに黒い布で覆われた彫刻が設置され、鎧兜を着た人が立っていました。 琉球太鼓の行列と踊りの先導で、午後5時半開始され多くの人が集まってきました。

作品名は「侍」で、作者井上麦氏によって作品が紹介されました。作った場所も日本庭園の一角を借りて 公開製作されたもので、次は「姫」十二単(3月に完成)、その次は「将軍」を作られる予定だそうです。

あまりに暑く人が大勢で作品をよく見ることも出来なかったので、日を改めて公開製作現場を訪問してお 聞きしたことを紹介します。

除幕式に集まった人たち 除幕を待つ
琉球太鼓で盛り上がる 麦氏による除幕

井上 

私は始めてお会いした方でしたが、彫刻をやっている方はご存知の方も多いと思います。

1956年川崎市生まれで、東京芸術大学彫刻科卒、大学院終了後中南米・アメリカを旅され、2002 年~2004年文化庁新進芸術家海外留学制度によりブラジルに滞在された後、2004年からアルゼンチンにご家族4人で滞在され、彫刻の製作をされていま す。

日本での個展多数回、国内では勿論、スエーデン、韓国、ブラジル、アルゼンチンの国際展でも受賞され ていて、パブリックコレクションも川崎市、岩手県、長野県、神戸市、四国の香川県、徳島県、東京では目黒現代彫刻美術館、恵比寿ネオナートビルにも収蔵、 などなど日本国内にとどまらず、イタリア(ファナノ市、ペスキーチ市)ブラジル(プルスケ市、クリチパ市、サンパウロ市)アルゼンチン(ロマステザラモ 市、マルデルプラタ市、ブエノスアイレス市ペルロッティ彫刻美術館、パルケアベジャニーダ)ペルー(リマ市)に多数点在し、大活躍されている方でした。

学校を卒業されたあと中南米を旅行されたのは作家活動を続ける上で、日本から一番遠い国へ行ってみた かったからだそうです。その後芸大の非常勤講師を1990年から1993年まで勤められ、今日本から一番遠い国、南米のアルゼンチンで公開製作中、私もた またまブエノスに生活していて出会えてよかったと思っています。

中南米は石彫の素材の石が豊富にあるそうです。ブエノスの我が家の台所も大理石が張ってあるし、台所 の床、居間の壁、柱、棚にも石が使われているように石が建築素材に使われることも多いようです。

建築素材の切り残しを今回は10tアルゼンチンで購入されたそうです。パンフレットによると、今まで 使われた石は、インド産御影石、アフリカ産黒御影石、アルゼンチン産御影石、スエーデン産御影石、などでその国の石を使って製作されている様子が伺えま す。

設計図なども見せていただきましたがグラフ用紙に書かれていました。石の塊から、掘り出していくので すから感心してしまいます。

公開製作現場 大きな石を前に
日本庭園に設置された作品 公開製作現場

今回は具象的な彫刻ですが、これは珍しく、通常は、自然、大地、地表をテーマにされた作者が作り出す独自の世界を表現した作品 だそうです。2000年までの作品が掲載されているパンフレットをいただきました。

―僕は人間も自然の一部だと思っている。僕の作品が人間と自然をつなぐひとつの装置 になってくれれば幸せだ。だから見る人には積極的にかかわって欲しい。美が生活に密 着している。あるいは生活の中に美的なぬくもりが自然に存在している。本来の社会と はそうゆうものではないだろうか。―(井上氏のギャラリー「せいほう」での個展の際 のパンフレットから)も共感できる言葉で、製作中の手を休めていただき、お話をうかがいました。

今回の作品「侍」はアルゼンチンの石、赤御影石を使われたそうです。まだらの模様が入っている石で す。次回の「姫」の頭部はウルガイの石で、胴体は赤御影石を使って製作中でした。広い場所と、電気、水が必要な彫刻家にとって、海外で製作することは大変 なことだと思います。井上氏のバイタリティーに脱帽。彫刻の道具などの管理も中南米では大変で、盗難にあうこともブラジルではしばしばあったそうです。

麦氏の作品の足部にはトレードマークになっている象の足をイメージする形があります。その理由を聞い たところ、ひとつは過去の作品にこだわらず、いろいろな表現法素材を使ってやってみたい。そこで一箇所だけ象の足や、犀の足を入れておけばどんな表現法で あっても「これは麦の作品だ」とわかってもらえることと、大地を踏みしめている象が好き、大地の生命力が表現できるからとのことでした。

年間100トンの石を使って製作するのが目標で、ブラジルでも年間100トン以上の製作をされたそう です。

アルゼンチンの空の下でグラインダーの音、槌の音を響かせて製作されている麦氏に圧倒された日でし た。

2006年2月3日  遠矢浩子記