会の活動・声明

「表現の不自由展」に対する妨害は許されない

  表現の自由を断固として守りぬく声明

2019年の夏、「国際芸術祭 あいちトリエンナーレ」の企画展「表現の不自由展・その後」が右翼団体やその妨害に屈した行政により中断に追い込まれ、社会的大問題に発展し、国民的抗議の広がりの中で、何とか再開にこぎつけたことは記憶に新しいところです。

この夏、この展覧会主催者が東京、名古屋、大阪で巡回する計画を発表したところ、昨年同様の妨害に会い、東京は延期に、名古屋は郵便物の破裂事件により中止に追い込まれる事態となりました。大阪も府立施設が利用許可を取り消しになり、開催が危ぶまれましたが、「憲法上の表現の自由等の一環として、その保障が及ぶべきものといえる」「適切な警備などによって防止・回避することができないような重大な事態が発生する具体的な危険性があるとまではいえない」との裁判所の裁定により、開催が実現しました。

妨害を理由に施設の貸し出しを取り消すということは、自治体が妨害者に加担することにほかなりません。政府や自治体は、表現の場を保障する責務があり、妨害や脅迫に屈するのではなく、それを止めるためにこそ力を尽くすべきです。「意見が違うからといってそれを暴力でつぶすことは間違っている。まずは作品を見て、感じてほしい」との主催者の願いの通り、表現の自由を守って、名古屋での再開とそのほかの地域での開催が保障されなければなりません。

日本美術会は2019年の夏も抗議声明を発表し、展覧会の再開と「表現の自由」を断固として守り抜くことを内外に表明しましたが、依然として表現の自由を守るせめぎあいが続き、妨害行動が続いていることに対し、厳重に抗議し、改めて表現者として何より大切にされなければならない「表現の自由」を守り抜くことを表明するものです。

2021年7月20日   日本美術会第2回委員会

表現の自由・学問の自由を守りぬこう

―学術会議への人事介入に抗議し、全員の任命を求める―

昨年の夏、あいちトリエンナーレの表現の不自由展中止に反対する世論の広まりの中で再開が実現しましたが、この問題が起きた際、菅官房長官(当時)は「補助金の適切な支給を考える」として、補助金を盾にした表現の自由への介入を行ったことは記憶に新しいところです。

今度は、同じ菅氏が新しく就任した首相として、人事を盾にした「学問の自由」に対する露骨な介入を行うに至りました。学術会議からの会員推薦者の中から安保法制の集団的自衛権などに反対したといわれる6人の候補者を任命拒否するという憲法・学術会議法違反の暴挙です。この間の学術会議からの要請に対しても、国会論議の中でも、菅首相は任命拒否の理由を「人事事項」を理由に一切答えようとしておらず、「総合的・俯瞰的に…」とか「多様性やバランスを考えて…」とか理由にならない後付けの「理由」をあげて、支離滅裂の答弁を繰り返し、学術会議の在り方に議論をすり替えてきています。その上今また、推薦以前に「一定の調整をした…」と、事前の政治介入を示唆、さらにここにきて「官邸が反政府運動を懸念し6人の任命を拒否」したことが政府関係者から語られています。明らかな恣意的報復人事であり、法律違反であることは論を待ちません。

戦前、滝川事件や天皇機関説事件にあったように、時の権力は学問をその支配下におきつつ戦争への道を突き進みました。表現の自由についても同様で、多くの画家たちを戦争推進の道具として駆り立てました。これらの反省から戦後の憲法の中に、「表現の自由」(憲法21条)、「学問の自由」(憲法23条)、「思想良心の自由」(憲法19条)や基本的人権が瞳のように大切なものとして書き込まれたのです。

文化・芸術など表現の自由を抑圧し、時の政権にたて付く学者を排除、学問を支配下に置こうとする企みは、まさに戦前の誤った道のりを再来させるものであり、断じて許すわけにはいきません。

「任命拒否した理由を明らかにせよ」

「任命拒否を撤回し、すみやかに推薦者全員を任命せよ」

いま、学者はもちろん、宗教者、環境団体、文化人を始め、多くの国民の批判が彷彿と湧き上がってきております。

私たち日本美術会もまた、1946年の創立以来一貫して「表現の自由を守り、真に人間的な美術を生み出すため」(日本美術会趣旨)努力してきた団体として、表現の自由と学問の自由を守り抜くために奮闘するものです。

2020年11月17日

「表現の不自由展・その後」の展示中止に抗議し、「表現の自由」を守り抜くことを求める声明

日本美術会は、愛知県で開催されている国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展の一つである「表現の不自由展・その後」が展示3日限りで中止に追い込まれたことに抗議するとともに、展示が継続して公開されることを求めるものです。

この企画展が中止されたのは、河村たかし名古屋市長が愛知トリエンナーレには「10億円を超える多額の税金が使われている」のに、「行政の立場を超えた展示が行われている」として、「即時、天皇陛下や慰安婦問題などに関する展示の中止を含めた適切な対応」を求める抗議文を大村愛知県知事に提出し、3日に大村知事が中止を発表したものです。その理由に、テロ予告や脅迫を含むメール、電話が殺到したとして「芸術祭全体の安心安全、今後の円滑な運営のために判断した」と伝えられています。加えて菅義偉官房長官らが同展への補助金交付の差し止めを示唆するコメントを発表しています。

行政側からのこうした圧力や脅迫への屈服は、表現の自由に対する重大な侵害です。テロ予告や脅迫の方をこそ取り締まるべきで、表現者の側を制限するなど本末転倒もはなはだしいものです。まして、「行政として認められない表現は展示できない」ことがまかり通ることになれば、憲法21条2項が禁じている「検閲」が復活することになりかねない重大な問題です。

検閲の禁止も表現の自由も、あの戦争に邁進していった戦前の時代への深い反省から憲法に明記された大原則です。憲法を変えようとするような政治状況の中で、この憲法の大原則を守り抜くため、立場を超えて表現者としての結束したたたかいをすすめることが大切になってきています。

最近では今回の他にも、美術館による作品へのチェック・警告・撤去などの事例が頻発し、自由な発表を抑制する事態も数多く引き起こされています。 今行政がなすべきことは、自分たちにとって都合の悪いものを隠したりやめさせることではなく、発表された作品に対する自由な意見交換を保証するための公共の場を守り広げていくことです。

戦後まもなくの1946年4月創立された私たち日本美術会は、一貫して「表現の自由を守り、真に人間的な美術を生み出すため」(日本美術会趣旨)努力してきました。表現者として何より大切にされなければならない「表現の自由」を断固として守り抜くため今後とも奮闘するものです。  

 2019年8月4日                                                                         日本美術会代表  冨田憲二